51歳の僕は建築設備の営業職は13年ほどの経験がある。
建築設備の業界には、営業職以外にシステム開発の仕事や、点検などの仕事をしていたので、20年ほど従事している。
30歳の時に偶然この業界の会社で採用され、会社が命じるまま、システム開発、製造、点検、営業などの部署で仕事をした。
自分のためではなく、会社本位、他人本位での部署異動だった。
そして、転勤で地方を転々とした。
しかし、生活していく面では全く不安がなくなった。
会社本位の会社員生活の時は、不本意な部署や転勤など、苦しいことも多かったが、給料も自分にとっては十分もらい、何の不安もなく生活できた。
そういう生活を送ったが、祖母が亡くなった時に、地方転勤のため、数年間あまり会えなかったので、とても後悔した。
両親や親戚、友人と会う時間を増やしたいと考えて、地元の神奈川県で働く決意をした。
転職にあたって、自分で好きで向いている職種や、勤務地を選択できることがとてもありがたく感じた。
会社本位でずっと暮らしてきたので、部署も勤務地も選べなかった。しかし、転職の時は自分で選択をすることができた。
もちろん会社員なので、他人本位、会社本位であるが、少しだけ自分本位の要素を入れることができた。
給料はメーカーから小さな建築設備施工会社になったので、減ったが、お金以上に得られたものがあった。
僕は会社員なので、自分本位には仕事はできないが、前のメーカーの時より、はるかに自分本位に近い状態に感じている。
その意味でいうと今の自分の生活は大変ありがたい状態だ。
夏目漱石の「道楽と職業」にこんな文章がある。
職業を観察すると、職業というものは要するに人のためにするものだという事に、どうしても根本義を置かなければなりません。人のためにする結果が己のためになるのだから、元はどうしても他人本位である。
幸いにして私自身を本位にした趣味なり批判なりが、偶然にも諸君の気に合って、その気に合った人だけに読まれ、気に合った人だけから少なくとも物質的の報酬、(あるいは感謝でも宜しい)を得つつ今日まで押して来たのである。いくら考えても偶然の結果である。
夏目 漱石. 『夏目漱石全集』「道楽と職業」 Kindle 版.
僕は夏目漱石のような立派で才能溢れる作家ではないが、精神的には少しだけ同じように自分本位に生活ができている気がする。
ただの小さい会社の会社員ではあるが、転勤もなく、好きな建築設備の営業職をしているので、心が満たされている。少しだけでも自分本位の希望したことが許されていることがありがたい。
少しだけ道楽と仕事が近づいた状態なのだと感じている。
今の仕事は偶然に出会えて、幸運な状態だと認識して、感謝しながら、働いていこうと思う。