誰よりも自己と苦悩を共にし、自己と快楽を共にする。というのは、善きひとにとっては同じものがいつも苦痛であり、同じものがいつも快適なのであって、その時々によっていろいろそれが異なることがない。つまり彼は、いわば後悔しないですむひとなのである。 そんなわけで、よきひとにおいてはこういった諸相がことごとく自分自身への関係において見出されるということ、しかるに彼は友をみること自分自身をみるごとくである(すなわち友は「第二の自己」である)
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p144)株式会社 岩波書店. Kindle 版.
アリストテレスの"友は「第二の自己」である“に同意する。
そして、家族も同じように、第二の自己なのだと思う。
家族や友人を疎ましく思ったり、馬鹿にした時に、自分の人生は終わってしまうと思う。
何故なら、それは第二の自己なのだ。
つまり、自分自身を疎ましく思い、馬鹿にすることと、同じだ。
だからこそ、そう思ってしまった場合は、自分自身を反省し、そう思わないように、自分を変えていきたい。
家族や友人は自分を映す鏡だ。自分を大切にするように、周りも大切にしようと思う。
さあ、午後も仕事だ。頑張ろう。