
愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存すると考えられる。
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.106). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
私はアリストテレスの言う“愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存すると考えられる“は理解できるようになった。
私には中学1年生の息子がいる。親として自分がどういうことをしてあげれば良いのかを、試行錯視している。
私も妻も自分のできること、良いと思うことを息子にしてあげたいと考えている。
私は子供の時から、両親や祖母に甘やかされ、愛情を受けて育ってきた。両親や祖母に対して、お返しは十分できていないかもしれない。
今は息子を育てるのに精一杯になっている。
私は、両親や祖母から受けた愛情を、彼らにお返しするのでなく、息子に向けようと考えている。
そうすることを、両親や祖母も望んでいる気がする。
優れていて、賢い人は、自分の子供がいなくても、周りの人々に愛情を示すことができると思う。
しかし、私のように愚鈍で、賢くない人間は、子供ができて初めて、愛情とはどういうものか、少しだけ分かった気がする。
私の出した答えは、愛情とは、見返りを期待しないで、相手の人生が良くなることを心から願い、手助けすることだと思っている。
私はかつて、家族から、そういうことをしてもらっていたことに気がついた。
両親や祖母は私が良い人生を歩めるように、辛抱強く手助けしてくれていた。
私も同じように、息子が自分勝手で、愚かな行動をする時も、辛抱強く注意して、彼が良い人生を歩めるよう手助けしていこうと思っている。
それを愛というなら、息子ができたことで、初めて、愛というものが、少しだけ理解できた。
息子には、良い人生送ってほしいと、心から願っている。
さあ、明日も仕事だ。頑張ろう。