まもるの休日

休日に思索したことを表現したいと思いました

『ただしくものを見る人になりたい』

「情理」や「ものわかり」や「直知」を有するにいたるのは自然本性によるものだと考えられるのである。かくかくの年齢になればヌース(ものを見る眼)もできるし、情理も心得る心得るようになると考える
経験を積んだ年輩者や知慮あるひとびとの主張や見解に対しては、それがたとえ論証を欠くものであっても、やはりそれあるものに劣らず注意を払わなくてはならない。彼らは経験に基づいて眼を持ち、ただしくものを見ることのできるひとびとなのだからである。

※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (p.279). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 

※情理(じょうり)【グノーメー】=当事者の気持ちをくみとり、同時に道理にかなうようにする
※直知(ちょくち)【ヌース】=知性
※ものわかり【シュネシス】=わかりのよさ

アリストテレスは年齢を重ねると、ただしくものをみることができるようになると言っている。
私は愚鈍なので、まだ物事をただしく見ることができていない。
しかし、若い頃の自分に比べると、様々な経験を積んだので、少しだけ『情理』(当事者の気持ちをくみとる)や『ものわかり』(物事を理解する)や『直知』(知性)について、自分の経験と当てはめてみて、分かることがある。
人の気持ちに配慮しないと、どんな仕事も生活でもうまくいかなくなる。ものわかりが悪いと苦労する。仕事の経験を積むことで、理解できることは増える。
知性は何度も悩みながら、考えて経験を積むことで得られると思う。
今は過去の自分よりも、より良い人間になりたい。
昔よりも、ただしくものを見る人になりたいと思う。

さあ、明日も仕事だ。頑張ろう。