
あらゆる制作者は何ものかのために作る。すなわち、われわれの制作するところのものは無条件的な意味における目的ではない。われわれの実践の成就するところのものは、目的そのものたる位置にある。すなわち、「立派にやるということ」(エウプラクシア)が目的なのであり、欲求の目指す目指すところもまさしくここに存する。
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (p.252). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
私は欲求に負けることが多い。
50歳になり、食欲に負け。怠惰になり、休むことばかり考えるようになっている。
今は自分の欲求に従って、食べ過ぎてしまう。
アリストテレスが言うように、立派にやるという欲求を持つようにしようと思う。
立派にやるとは、自分の多くの心の構成要素を改善して、立派な人生を送ることだと考えている。
例えば、食べ過ぎて太ってしまい、体がうまく動かなくなってしまうと良くない。
少しダイエットして、体を動かしやすくしたい。
人へ冷たい態度を取るようなら、親切にできるように改善したい。
仕事がうまくいかないなら、効率的に仕事ができるように改善したい。
自分の欲求は、自分を改善していくことだと思いこむようにしようと思う。
さあ、明日も仕事だ。自分を改善しよう。