
われわれは、かくして、これらそれぞれの部分の最善の「状態(ヘクシス)」の何たるかを把握しなくてはならぬ。最善の「状態」が、すなわち、それぞれの部分の「卓越性」「徳」(アレアレテー)なのだからである
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (p.250). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
私は50歳になり、自分を最善の状態にできる生活をすると、楽しいと感じられることに気がついた。
そして、人と比較しないことを心がけている。
この年齢になっても、人と比較すると劣等感を持つことがある。
劣等感を持った場合は、自分が惨めな気持ちになる。
結局は、今の自分を進歩させることが、自分が惨めにならない、唯一の方法だと気がついた。
私は徳を持つとは、人と比較するのではなく、自分の持っている構成要素を最善にすることだと考えている。
そして、自分を最善の状態にすることは、とても楽しいことだ。
例えば、自分の仕事の建築設備の営業職の仕事を工夫して、向上させようとすると、楽しい気持ちになる。
仕事の知識を向上するために、関係ある国家資格の試験のために勉強すると、なんとも言えない充実感がある。そして、その試験に合格すると、喜びの気持ちが出てくる。
資格取得により、自分がその仕事でより知識がついたことを、証明できると、とても安心した気持ちになる。
それらは、自分を最善の状態にする方向に向かっている気がする。
仕事を頑張り,仕事に関係する国家資格の勉強を頑張ろう。
さあ、明日も仕事だ。自分が最善の状態になれるよう、しっかり生活しよう。