
国の維持されてゆくのは比例的な仕方でお互いの間に「応報」の行なわれることよってなのである。けだし、ひとびとはあしきことがらに対しては、やはりあしき仕方で応じようとする。然らざればそれは奴隷的な態度だと考えられている。また、よきことがらに対しては、彼らはやはりよき仕方で応じようとする。さもなくば相互給付ということは行なわれず、ひとびとは、しかるに、相互給付という楔(くさび)によって結ばれているのである。
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (p.216). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
※応報(おうほう)=したことに対するむくい
※相互給付(そうごきゅうふ)=助け合い
私は現在の行為に応じて未来の果報が生ずることが、自分の人生経験から分かっている。
あたり前のことだが、気をつけている。
例えば、仕事にきちんと励めば、それなりの結果を出すことができる。
資格試験の勉強を頑張れば、試験に合格できる。
人に善行を行えば、自分に返ってくる。
人に悪意を持って接したら、自分に返ってくる。
人に悪意を持って接して、自分に悪意が返ってくる人生と、人に善意を持って接して、善意がかえってくる人生。
どちらが優れた人生か。
簡単な選択だ。
善意を持って接したい。
仕事に関連する資格の勉強をする人生と、勉強しない人生。
どちらの人生を歩みたいか。
勉強する人生を歩みたい。
今日は第二種電気工事士に合格した。
自分なりに資格試験の勉強を頑張ったので、合格というむくいがあったのだと思う。
次は10月に建築設備関係の国家資格の試験を受けるので、引き続き勉強している。
自分がしたことに対するむくいを受けるので、良い行い、良い言動をしようと心がけている
明日も休みだ。ゆっくりしよう。