
あらゆる徳のうちで、正義のみは「他者のものなる善」だとも考えられている。正しいひとは、支配者や共同体の他の属員にとっての功益あることがらを行なうひとなのだからである。かくして、最もよきひととは、その徳を自己に対してはたらかせるひとではなく、他に対してはたらかせるところのひとなのである。まことに、これは困難な仕事であるが。
※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (pp.201-202). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
※正義=倫理、法律、道徳に基づいて正しいとされること。
私は正義感を持って、他者のために功益がある行動をすべきだという、アリストテレスの言うことは、正しいと思う。
そして、とても困難だと言う意見も同意する。
例えば、パワハラや人をいじめる人間に対して、距離を取り、波風をあまり立てずに、仕事を進めることは、難しくない。
しかし、正義ということで考えると、そのような人間の行為を辞めさせる必要がある。
やめさせるような行動をとると、恨みを買い、自分に被害が出ることもある。
正義感から行動を起こすと、恨まれたり、損をするリスクがある。
または、自分の正義感が間違っていると、人を傷つけ独善的になる場合もある。
つまり、正義感から行動するのは、勇気と知恵、熟慮、慎重さが必要になる。
恨まれたり、損をするから、正義感から逃げるのではなく、熟慮して、最適な行動を取れる人が徳がある人になれるのだと思う。
正義感を持つことは、大切なことだと思う。
比較して考えてみよう。
正義感を持たないで、恨まれたり、リスクが少なく、悩まない人生。
正義感を持って、恨まれたり、リスクがあり、悩む人生。
どちらが優れた人生だろう。
後者だと思う。
さあ、明日も仕事だ。誠実に働こう。