
卓越性(徳)という「状態」はそれが存在していながら少しも善を結果しないことも可能であるが - たとえば眠っている場合とかその他何らかの仕方でひとがそれを働かせなかった場合
すなわち、卓越性(徳)に基づく活動が存在する場合にあっては、ひとは働いていることが必要であり、それもよく働いていることが必要であるだろう。
高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (pp.46-47). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.
私は卓越性(アレテー)(徳)があっても、働かなけれは、善を結果しないという、アリストテレスの意見は同意できる。
卓越性(徳)とは、自分に備わっている心の様々な要素が良い状態の時だと考えている。
そして良い状態の時に、何も行動していなければ、善という結果につながらないと考えると、とてももったいないと思う。
そして、私はこうも考える。
仕事をしたり、働いても、心が歪んだ状態、良くない考えの時の状態だと、徳がある状態ではない。その状態で働いても、善という結果につながらない可能性がある。
せっかく一生懸命働くのに、それももったいないと思う。
そう考えると、まずは自分の心を良い状態にして、一生懸命働くという順番になる。
自分の心を良い状態にするには、休息が必要だ。
私は、ここ数日は猛暑と仕事が多忙なため、体が疲れ、同時に心が疲れてしまい、心が良い状態ではない。その状態でたくさん働くと、善という結果につながらない可能性があるので、もったいないと考えている。
今はとにかく疲れを取るために、少し仕事をセーブしよう思う。そして、工夫して休憩をたくさんとるようにしよう。
心が良い状態にするにも、よく働くにも体調を整えることが一番重要だ。
そのことが分かっているので、体調を整えるためにも、休息を優先順位の一番に考えようと思う。
さあ、明日も仕事だ。休息をとりながら、働こう。