まもるの休日

休日に思索したことを表現したいと思いました

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

『息子には、良い人生を送ってほしいと、心から願っている』

愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存すると考えられる。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.106). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私はアリストテレスの言う“愛というものは、愛されることによりも、む…

『良い友情を築くには、自分なりに人生を頑張って生きていこうとすることが大切だと思う』

諸種の愛(フィリア)は均等性というものの上に成立する。というのは、双方から同じものが得られるし、お互いに同じものを相手かたが得ることを願う※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.100). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私はア…

『自分が善い人間になることを心がけよう。気を抜くと、意地悪なことをしてしまう』

善きひとが友となってくれるということは、こちらにとっての善が生ずることを意味するのだからで ある。それゆえ、双方とも自分にとっての善を愛している ※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.97). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.…

『有用のゆえに友たるひとびとに感謝したい』

有用のゆえに友たるひとびとは、功益の消失と同時にその愛を解消する彼らはお互いを愛する友だったのではなく、便益を愛する友だった事実、悪しきひとびとは、何らかの利益が得られるというのならばともかく、お互いの人間自身に悦びを感ずることはないのだ…

『良い人が周りにいるので、自分の仕事を有益だと思えて、快適に仕事をしている。心から感謝して仕事をしよう』

これらのひとたち【卓越性(徳)のある人】は、双方とも、無条件的な意味においての善きひとであるまたお互いにとって有益なひとびとでもあるからである。同じくまた、彼らは快適なひとびとでもある。 ※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文…

『善きひとになるように注意して生きていこう』

愛情( フィレーシス) ないしは 愛( フィリア)というものにもまた種別が存している。三つある ・有用のゆえにお互いを愛する・快楽のゆえに愛する・究極的な性質の愛は、善きひとびとのあいだにおける愛である。 これら善きひとびとの愛は、彼らが善きひ…

『コーヒーが好きです』

観照し学習するということから生ずる快楽は、ひとをして多々ますます観照し学習せしめるであろう。 ※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.67). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. ※観照=主観をまじえないで物事を冷静に観察して、意…

『新潟旅行』

知慮あるひとの求める「無苦痛」(アリュピア)なるものも、このような性質の快楽の欠如に基づく苦痛からの自由を意味している。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.67). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私が独身で一人暮らしなら…

『妻に感謝を忘れないようにしようと思う』

何びとも、実際、たとえ他のあらゆる善きものを所有するひとであっても、親愛なひとびと( フィロイ)なくしては生きることを選ばないであろ う。 ※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.79). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私はア…

『耐えられる苦痛は良い環境だ。耐えられない苦痛はすぐに環境を変えようと思う』

快楽が善でも悪でもないとするならば、苦痛もまた同様である あしきひとはその過超を避けるのでなく、およそ全般的に苦痛というものを避けるのである。 ※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 上 (岩波文庫) (p.71-p73). 株式会社 岩波書店. Kindle …

『快楽の欠如に苦痛を感じないのは、良いことだと思うようにしよう』

知慮あるひとの求める「無苦痛」(アリュピア)なるものも、このような性質の快楽の欠如に基づく苦痛からの自由を意味している。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.67). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私は楽しいことがなくても…

『楽しむことと、立派に生きることを両方ともバランスをとって行うことが最善な生き方だと思う』

快楽が最高善ではないという論拠は、快楽は究極目的ではなくしてそれへの過程なのだから、というにある。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.62). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 究極目的とされた「幸福」とは何か。それは何ら…

『怠惰な本性は変わりそうにないので、習慣は変えやすいを信じて、勉強に励んでいこうと思う』

習慣(エトス)は本性(フュシス)よりも変えやすいのだからである。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.59). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私は今日は振替休日で休みを取った。ここ3週間ほど、土曜日出勤だったため、久しぶり…

『道徳心を持ち倫理的にすぐれた人になりたい』

知慮あるひとは、同時にまた倫理的性状におけるすぐれたひとなのである。のみならず、ひとは単に知っていることによって知慮あるひとたるのではなくして、それを実践しうるひとたることによってによってそうなのである※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス…

『自分のできることを、自分のできる範囲で、積極的に人に教えたいという希望がある』

あらゆる学はひとに教えることのできるものなのであって、学の領域に属することがらは学ばれうるものであると考えられる。しかるに、すべて教えるということは、「前もって知られていることがら」から出発する。けだし、教えるということは、或いは帰納(エ…

『転職すればよいという考え方は、難点を解きほぐし、苦悩から解放される発見だ』

難点の解きほぐし(リュシス)こそが「 発見」(ヘウレーシス)ということにほかならないのである。※高田 三郎. アリストテレス ニコマコス倫理学 下 (岩波文庫) (p.26). 株式会社 岩波書店. Kindle 版. 私は建築設備メーカーに30歳から45歳まで15年間勤務し…

『抑制力がないので、思いこみや、習慣を利用していこうと考えている』

「 抑制力のないひと」というのは、あしいと 知りつつ情念のゆえにあしきを行なうひとひとで あり、「 抑制力のあるひと」とは、これに反して、欲情があしき欲情であることを知れば、ことわりのゆえにこれに従わないひとであると考えられている。 ※高田 三郎…